99.9998%の人が知らない奥村遊機倒産の闇


企業とは、経営者が自由に従業員に無理難題を押し付ける事が可能な集合体である。
パチンコの老舗メーカーであった奥村遊機の知らせざる倒産の闇をここに書く。

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倒産は計画だった!?

奥村遊機は倒産する前の年とその前の年は、経営赤字に陥っていた。赤字額は不明だがかなりの額に及ぶ。ただしパチンコ、パチスロメーカーは全盛期の売り上げが高く、内部留保がものすごい額に及んでおり、すぐに倒産するという事はない。同時期に倒産したマルホンに比べて奥村遊機の全盛期における販売台数はかなり多く、内部留保はまだまだ存在し開発は可能であるはずだった。

なぜ倒産したのか?
それは奥村遊機の歴史から説明する必要がある。

奥村遊機は、会長であった奥村昌美氏の父が創始者であり、奥村昌美氏はパチンコの事をほとんど知らない素人であった。創始者である奥村氏の娘たちが会社を引き継ぎ、取締役としてパチンコ、会社経営の素人である娘たちが経営していく事は困難であったため、経営を任せていたのがこれまた素人の福岡尉敏氏であった。福岡尉敏氏は奥村遊機以外の会社も潰した経験がある最も継いではいけない人と噂されていた。

つまり素人が素人による会社経営を行い、なんとなくやっていたのである。

パチンコ業界の全盛期では、出す台出す台が売れる時代もあり、どんなメーカーでも利益を確保しやすい状態であった。なので奥村遊機のようなへっぽこ経営でも成り立っていたのである。

しかし、近年のパチンコ不況の波にのまれ、経営赤字に陥ったとたんに、娘たちはこう決断したのである。

よし、潰そう。

自分達の奥村遊機によって作られた豊潤な資産が、年々目減りするのを見てられなかったのだ。
それからの行動は早かった。外部に漏れないよう、社員に漏れないよう、着実と計画倒産に持っていたのである。当時社長であった福岡尉敏氏の決断で、営資金として二つの銀行から併せて約10億円の借入を行った直後に倒産したのだ。

まさに 銀行「えっどゆ事?」である

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倒産発表の当日の状況

倒産が確定する当日まで社員は知らされていなかった。一部の社員だけ近々倒産するという情報を持っていたそうだが、日の夕方16時まで全社員普通に業務を行っていたのである。

16時に全社員が緊急収集され、そこに待っていたのは部長クラス数名と奥村産業(親会社)からきた弁護士一人である。
終始ニヤニヤしている弁護士が
「本日2015年4月14日16時30分を持って奥村遊機株式会社は倒産します」
という言葉から淡々と説明に入ったのだった。話開始から30分後にニコニコ倒産宣言である。

人の不幸は蜜の味といわんがばかりの顔で説明をする様は、奥村遊機の全社員が反感を覚えただろう。

経営に携わっていた奥村一族系役員及び、社長である福岡尉敏氏の姿はなく逃亡した後であった。それからは一か月分の給料と社内規則に沿った退職金が支払われ、社員達は企業から捨てられたのだった。※奥村遊機は奥村産業のグループ会社

残された社員に系列の会社を斡旋といった事はまったく無く、従業員の生活の事はまったく考えず、世間に放り出す事にしたのだ。

倒産発表後、社内では誰も取らない電話が鳴り響き、雨の降る中本日中に荷物を全て持ち帰れという命令が下る。
企業(経営陣)は人を単なるロボットや奴隷としか見ていないという側面が垣間見えた瞬間だ。
当然社員から反感を買い、後日荷物を取りに来ても良いという事に変更されたが、何不自由なく育った奥村一族の道徳の欠損具合には、驚かされるばかりである。


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持っていた版権の行方


奥村遊機が持っていた版権の行方は以下の通りである。

うる星やつら→京楽
アカギ→藤商事
バジリスク→ユニバーサル
南国麻雀(翔)→豊丸(未確認情報)

こんな感じで他メーカーに渡ったのだった。


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