この世界は教えられていない真実がある

実は映画「マトリックス」の構造と同じなのだ!


この世の中は決して普通に人生を歩んでいるだけでは教えられない事実がある。これを知ってしまえば世の中を支配している人たちが崩壊していまう為、わざと教えていないらしいのだ。
映画「マトリックス」が、現実を教えようとしていた映画というのはあまり知られていない事実である。

マトリックス 


映画「マトリックス」の構成と現実が同じとは?


映画「マトリックス」は、キアヌリーブスが主演の1999年に公開された映画である。

この映画は近未来に人工知能(機械)が人類を支配し、人類は生まれた時からずっと眠らされた状態で、常に体内から発生する電気を人類を支配している機械に送っている。

体が眠っている人類は、機械から脳に直接信号を受け、マトリックスという仮想空間で生活しており、仮想空間と気づくこともなく生かされているのである。
主人公のネロはそのマトリックスから脱出し、この世界の救世主として機械と戦う話である。

では映画「マトリックス」という話は、視聴者にいったい何が言いたかったのだろうか。

マトリックス02 

主人公ネロが覚醒し、「アンダーソン君」とか言いながら近寄ってくるスミス達をかっこよく倒していくストーリーを魅せたかったわけでは決してない。

人類が知らない間に現実だと思っていた世界が現実ではなく、実はほとんどの人がコントロールされており、単なる「電池」として機械の歯車となり、機械そのものを支えているという構造が「この世の中の構成と同じだ」言いたかったのだ。

「現実だと思っていた空間が仮想現実」という部分は、伝えたかった部分の比喩表現なので構成には入らない。
同じ構成なのは、知らない間にコントロールされており・・・という部分だ。


具体的にはどういう事?

社会のレール 

皆が生まれてから幼稚園に入り、その後小学校に通う。小学校卒業後は中学校に行く。
これは義務教育である。たいていの人はこのあと高校に通い、高校卒業後は大学や専門学校へ通い、卒業後に就職する人もいれば大学にはいかず高校卒業後に就職する人が大半だろう。

多くの者が待遇がいい企業を目指し就職し、そこで真面目にコツコツ頑張って出世を目指し、たまの連休に旅行に行き、いつ貰えるかわからない年金受給の年齢まで一日の大半を仕事に費やし、わずかな老後の余生を過ごし人生を終える。

これは社会が決めたものすごく太いレールである。

ではこの恐ろしく太いレールはいつの間にか自分達の中にある。
誰から聞かされたものだろうか。
なぜ普通に頑張って入った大学の卒業が迫ると、ほとんどの学生が就職活動を始めるのだろうか。※ホリエモンも東大生が就職活動をする光景に滑稽だと話している。なぜ人に勝って東大に入ったのに、卒業後は人の下につくのかと。

両親から言われた事はないだろうか。
勉強を頑張りなさい。いい大学に入りいい会社に就職しなさいと。

このレールにほとんどの人が何の疑問も持たずに乗っているのである。
このレールに乗ってしまうと大抵の人のゴールが、
「小さな幸せ」で満足する人なのだ。

これに当てはまる人は大勢いるのではないだろうか。

「小さな幸せ」とは、毎日のほとんどを必死に働き、1年のたまにある連休に旅行に行き、ボーナスが少し多かったと喜ぶ。
給料が地道に上がっていき、会社ではそこそこ認められ、そこそこのポジションまで出世する。
そのうち結婚し、長期の住宅ローンを組んでマイホームを買い、子供が生まれては教育費の為に必死で働き、人生の大半を仕事に費やし、その人生に幸せを感じ生きていく。

こういう「小さな幸せ」で満足する人生が待っているのが大半である。


世界は一部の人の考えで皆を支配している


国民はカモ 


ではなぜ「小さな幸せに満足するレール」に乗せられるのか。

それは教育の問題でもある。

小学校、中学校、高校、大学の教育では絶対に「金持ちのなり方」や、「幸せになるなり方」という授業は行わない。

しかし世の中にはその方法が解っており、実践する事によって「大きな幸せ」を掴む人がいるのだ。そういった人は全体の1%程度だろう。ではなぜそういう事ができるのか?

それはそういう事を教えられているからだ。
大抵の人は親から教わっている。その親もまた成功者なのだ。
例えるなら国会議員の世襲議員であろう。議員の子供は議員のなり方を親から教わり、議員になるのだ。
「小さな幸せに満足するレール」の人生を送ってきた親から生まれた子供は、同じく「小さな幸せに満足するレール」に乗ってしまうのだ。

そういう人たちは自分達が決められたレール(マトリックスの仮想現実空間)に乗せらている事にも気づかず、ピラミッドの上の方にいる人たち(マトリックス機械)のために、人生をかけて必死に「小さな幸せ」の為に働いているのである。

働かされているという事にも気づかず、言う言葉は「これが幸せ」なのである。
そして指摘されると違うと怒るだろう。それは認めたくない自分をコントロールしている人達に根深く植えこまれているからだ。


社会のピラミッド構造 


政府の教育方針の裏の方針が二つある。

一つは「自分たち(ピラミッドの上の方にいる人たち)の地位を脅かす人を増やさない」という事だ。
教育とは考え方だ。自分達が会社の役員や投資家、はたまた政治の世界に入ってくる人ばかりになってしまってはとても困るのだ。

なぜなら労働力が無くなり、自分達を支えてくれる人たちがいなくなるからである。

もう一つは一つ目と少し被るが、「ロボット(奴隷、歯車、単なる労働力といった意味)を多く作る事」ある。
この人達を多く作らないと自分達が幸せになれないからである。

この人達が少ない休みと少ない給料で働いてくれているので、自分達は安泰なのである。
一生懸命社会の歯車となり、肉体や精神を害しても必死に会社の為社会の為といって働く人が一番多く必要なのだ。そうした人のおかげで会社が潤い、会社が税金を納める事によって国が成り立つ。こうして会社の経営者や株主、さらには税金を動かす側でいる人達が潤っていくのだ。特に必死で働くこともなく、みんなに働いてもらっているのだ。

この話は文部科学省の人が言っている話なので、俺が言っている訳ではないと補足しておく。

つまりこの世の中の教育や社会の構成は、映画「マトリックス」とまるっきり同じなのだ。

このブログを読んでいるあなたももれなく、映画「マトリックス」の冒頭にでてきていた会社員の一人にすぎないのだ。

真実を知ることもなく、死ぬ間際まで安い給料で働き、ほとんどの時間を仕事に費やし、たまの休みでストレスを発散し、定年後には少しの貯金で健康を少し害した体で少しの余生を送る「少しの幸せ」で満足する人生になるだろう。


マトリックスから出るには、自分から行動しなければいけない。
その行動を親や親しい友人に言葉を発すれば、その人達はこういうだろう。

おまえには無理だ。やめとけ。失敗したらどうするの。
ありとあらゆる「心配」という言葉で必死に止めにかかってくるだろう。

特に日本人は集団行動を好み、多くの人たちがしない行動をすれば、それが例え本人にとって良かった行動でも駄目な事と非難する傾向にある。

自分自身で自分の人生を決める権利がある。
「小さな幸せ」で決して満足してはならない。それはピラミッドの上部にいる人たちに搾取され続ける人生となるからだ。

自分で考えて行動をとりなさい。
人生を幸せに過ごせるようになるには、様々な手法がある。
たくさんの本を読みなさい。決して学校や会社、両親が教えてくれない事が書かれている。

関連記事