和歌山ヒ素カレー事件を斬る!


和歌山ヒ素カレー事件という18年前に起こった事件があった。園部地区の自治会で行われる小規模の夏祭りで売り出されていたカレーにヒ素が混入され、約67人が食べそのうち4人の死者がでた事件である。容疑者として、林眞須美現死刑囚が逮捕され、現在は大阪拘置所に収監されている。


眞須美本 


99.9999%の人が知らない真実をなぜ知っている?


99.9999%の人が知らない事をなぜおまえが知っているのだ?という疑問があると思うが、俺はヒ素カレー事件が起こった当時、園部地区の住人だったからである。

園部地区といってもそこそこ広い。「ヒ素カレー事件が起こった園部地区」とどこでも記載されているが、正確には園部の中の園部第14自治会(13だったけかな?記憶がおぼろげなので14で書いていく)である。当時まさに俺はそこの住人だったわけです。

ちなみに林眞須美死刑囚の事を冤罪と言う人も少なくないみたいだが、俺は犯人だと思っている。ただ犯人だと決めつけて書いているものではなく、客観的な事実だけ書いているものだと伝えておく。


Yahoo!知恵袋に書かれている内容は?の部分がある。


ネットで検索するともっともらしい事が書かれているのがYahoo!知恵袋のベストアンサーである。これもかなり適当な事が書かれているようにも思える。※ヤフー知恵袋かよ!という突っ込みはなしで。

Yahoo!知恵袋のベストアンサーに書かれている内容の中に、当時、地域の一部の住民の間にはトラブルが絶えず、犬が毒殺されたり、物置に放火されるという事件もあった」とある。

まず「物置に放火」という関してだが、あったのか無かったのか知らない。聞いたことがなかった。本当にあったのか?である。そして「犬が毒殺」という部分に関して、園部第14自治会に住み着いている野良犬がいた。その野良犬が突然ある家の裏の隙間で死んでいた事があったが、毒殺ではないといえるだろう。住み着く当時で成犬(年齢不詳)であったその野良犬は、住み着いてから約7年後に死んだと記憶しているが、到底毒で死んだとは思えない。野良犬にとってはそこそこいい年齢だし、当然死亡解剖をしているわけでもないのだから。「犬が毒殺」という部分だけみると、あたかもヒ素で殺されたというように思えるが、犬が死んだというのはその野良犬以外聞いたことがない。(庭で犬を飼っている人は何人かいたが、毒殺というのは聞いたことが無い)おそらく住民がそうじゃないのかなと言っていた話に尾ひれがついたのだろう。


当時、地域の一部の住民の間にはトラブルが絶えず


「住民の間にはトラブルが絶えず」という部分に関してだが、これだけ見ると、園部第14自治会の住民の仲が悪かったような風に見えるが、別にそうではない。林家とトラブルがあっただけである。ではなぜ「住民の間」と書かれているかを書いてみる。

園部第14自治会は、「旧住民」と「新住民」に分けられるといえよう。何年くらいだったか正確には覚えていないが、広い田畑を埋め立てそこに新しい家が10件程度立つ時期があった。カレー事件が起こる約7、8年くらい前である。その家に住み始めたのが新住民であり、その前に住む住民が旧住民である。旧住民と新住民というくくりではトラブルは無かったが、住民と林家でトラブルがあったと記憶している。

俺が知っているのは、林家の横にそこそこ大きいどぶ川があるのだが、そこにゴミ袋を投げ捨てているという疑惑があった。他にも何かあったと思うが、当時子供だった俺の耳にはあまり入ってくる事はなかった。ささいな事がたくさんあったのだろう。だが、住民間のゴミ捨てやその他のトラブルなどどこにでもよくあることで、住民間のトラブルが絶えずという強調した言い方は、ヒ素カレー事件が起こった後、この辺りは異常な状況だったと強調しようと際立たせる文言である。

新旧の住民の交流を作ろうというので始まったのがこの夏祭りであり、1992年から始まったと記憶している。ちなみに、新住民と旧住民の割合はだいたい2:8位で、約100~120人程度の自治会であったように思う。



カレーを食べた67人という人数が多すぎる疑問の事実


約100~120人程度の自治会の人のうち67人もがカレーを食べている。やたら多くない?と違和感を覚える人もいるだろう。ではなぜそんなに多くの人が食べたのか?事実を書いてみる。

まず先にも書いたように、この夏祭りの意図は新住民と旧住民との交流が目的であった。その為参加しやすい様この自治会の住民のみに、この夏祭りで使用できる無料でカレーが食べられる券が配られていたのだ。(他にも無料でジュースが飲める券や金魚すくいができる券があった)なので夏祭りに参加しなかった人も、夕飯用にという名目で家族が家に持ち帰り食した人もいたのだ。こういった経緯があり、約三分の二という多くの人が食べる事となった。食べた直後に味に違和感を覚えた人もいたというが、せっかく作ったものだからとその場で吐き出さずに食べたそうだ。※夏祭りに参加していないのでここは聞いた話



林眞須美死刑囚の動機は?


よく冤罪ではないか?と言われる話の中に林眞須美死刑囚に動機がないと言われるが、林家の近所トラブルは、カレーにヒ素を混入するという恐ろしい事件の動機に十分なりうると俺は考えている。近所トラブルというのは、長く続けば続くほどどうでもよくなり諦める、もしくは相手に憎しみを抱き殺意を増していくものである

ヒ素という毒薬を持っていたというのも十分犯人たる理由になる。物理的にヒ素を持っていたからお前だろ!というのもそうなのだけど、心理的にもそうなのである。例え話になるがアメリカで今年は特に銃乱射事件が目立った年だったと記憶している。ではなぜ銃を乱射して人を殺すのか、理由は単純明快、殺したい人がいて乱射できる銃が傍にあるからである。日本で、こいつまじで撃ち殺したい!と思っても、撃つ銃が手元にないのですぐにできないのだ。できないので銃で撃ち殺したいという気持ちも理性で抑えられる。煙草も同じように、禁煙している人が吸いたいと思っても、手元になければすぐに吸えないので、禁煙が長く続くが、手元においてあるとふとした瞬間にでも吸ってしまう。

では以前使用していた事がある毒薬がすぐ傍にあったとしよう。近隣住民から頻繁(ここは推測)に注意を受け、イライラが募り、なぜ私だけみんなよってたかって責めるの?なんで?なんでなの?わたしをいじめるやつらは痛い目をみるといいわ!という心理になったとしよう。そうなると傍にあったなじみあるヒ素をカレーに入れた可能性は普通にある。これは立派な動機になり、カレーの番をしていた林眞須美死刑囚がヒ素をカレーに入れるという事が実行できる可能性が一番高い人物にあたる。

そもそもヒ素カレー事件以前に殺人未遂事件を起こしていた。そういう人物が金の為だけでなく、約7年間(年数は推定)も続いた近所トラブルで、殺意を年々増していったという話があってもなんら不思議ではないだろう。さらに警察の住民による事情聴取が異常なほどであった。夏祭りに参加していない俺が、二人の刑事に3度の事情聴取が行われ、アリバイ確認をされたほどである。つまり他に犯人がいない及び一番可能性が高い林眞須美死刑囚を犯人とするのは至極まっとうな流れなのである。ただどんな事件にも冤罪の可能性は0ではないので、意見が分かれるのはわかるが、彼女が冤罪と考えている人はよほど穿った見方をしているか、もしくは何も知らないかだろう。


当時の林家を取り巻く状況


事件が起こった直後、マスコミが殺到した。どこから聞きつけたのか知らないが、間もなくして林家の周りに24時間体制で20~30人程度のマスコミが常時待機する様は、本当に異常な光景だった。俺はそのマスコミが待機している幅1メートル強の小さなあぜ道の横を、朝と夕方毎日自転車に乗って通っていたので、とても気持ち悪かったのを覚えている。外に出ると、住民にインタビューをしようとすぐにマスコミが駆け寄ってくる。住民は外に出なくなり、その状況でもインタビューを受けてよくしゃべる一人のお好み焼き屋の亭主が犯人なんじゃ?と噂もあがった。その人はカレーを作る場所となるガレージを提供した人と同一人物だった為である。



殺人事件多発地域


少しオカルト的な話に変わるが、園部は田畑や住宅が多い典型的なド田舎である。そんな田舎の林家の半径約150メートル余りの場所で、俺が物心ついてからヒ素カレー事件が起こるまで、殺人事件が3件あった。都会ではなくド田舎の中の殺人事件というのはなかなか無く、ヒ素カレー事件を含めると4件も自分の身近に起こっていたのは今でもとても奇妙に思う。昔両親に殺人事件多すぎない?呪われてるんじゃない?と言うと、俺の両親はあんまり口に出すんじゃないと俺にくぎを刺したのを覚えている。ただ正確に起こった時期を覚えていないので、興味がある人は調べてみるといい。


●一つ目の殺人事件(1985年前後?)
林家から南に150メートルほど離れた場所で起こったタクシー殺人事件である。
タクシーの代金を払わずに、運転手を刺殺したという事件があった。

●二つ目の殺人事件(1989年前後?)
林家から東に150メートルほど離れた住宅街で、朝早くに新聞配達員が首を刃物で刺されて死んでいるのが発見された。この事件の犯人は未だ捕まっていない。

●三つ目の殺人事件(1993年前後?)
林家から西に100メートルほど離れた用水路に朝方おばあさんが死んでいるのが発見された。これはほとんど俺は内容は知らず、死んでいたという情報だけあったのを覚えている。



最後になるが、当時の俺は林眞須美死刑囚及び林家の事を良く知らない状況だったが、家の横を毎日のように通っていた時の印象はとても鮮明に覚えている。

家にはそこそこの大きさの庭があり、滑り台やブランコといった遊具が有った。小さな子供たちが時折そこで遊んでおり、映画やゲームで見る幸せな家庭のワンシーンのような光景だったと覚えている。頑張って働く父、子供の面倒を見る母、元気に遊ぶ子供たち、そんな幸せそうな家族がいるんだなと俺は勝手に想像していた。

だが事実はまったく違った。犯罪に手を染める両親、カレー事件が起こった後の子供たちの状況、現実はとても見た目では判断できないような残酷な世界がすぐそばにある。


※申し訳ありませんがヒ素カレー事件に関しての意見や質問の返信は致しません。


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